靖国神社では、多くの方々に、祖国のために斃れられた英霊のみこころに触れていただきたいと、英霊の遺書や書簡を毎月、社頭に掲示しています。
社頭にこれまで掲示した遺書や書簡は、『英霊の言乃葉』に纏めて刊行、頒布していますので、是非ご覧下さい。
- お母さん
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陸軍衛生軍曹 向川敬昌命
昭和二十年五月十七日
比島群島ルソン島ヌエバビスカヤ州
ラクタワンにて戦死
富山県西砺波郡石動町出身
二十六歳
お母さん。
敬昌は立派に天皇陛下万歳と笑って、祖国の為に南に散って征きます。
二十何年の長い間の限りなき愛を思へば、有難く只感謝の外ありません。
それに引きかへ、何ら御両親の恩愛に報いる事の出来なかった不甲斐ない己を想ふと、悲しく心から泣けます。不孝の罪は御許し下さい。
敬昌は、今は宿敵米撃滅の鬼となり、尊い血汐を流し比島の土と化します。
長い間、有難う御座いました。後の事は宜敷く御願ひ致します。
お母さんも達者で、長寿を全うされん事を、遠い異国の草葉の陰より御祈り致して居ります。
姉にも妹にも悪い兄であり、弟であった事を深く御詫び致します。
私に
金銭の借し賃りなし
婦女の関係なし
比島にて
向川敬昌拝
母上様
一、ちりほどに 心に残る 何もなし
今日限りの 夕暮れのそら
一、今はただ 怒りに燃へて 夷(えみし)らを
根こそ攘(はら)はむ いのち捧げて
(原文のまま)
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陸軍衛生軍曹 向川敬昌命
