硫黄島からの近況報告
  • 海軍少佐  睫鈑仍囲彩
    昭和二十年三月十七日
    硫黄島にて戦死
    神奈川県横須賀市坂本町出身 三十九歳

拝啓、無事御帰還の事と遙察致して居ります。
新聞で既に御覧の通り、司令が退隊されて三日後の大挙空襲に際し、味方指揮官
がB‐24に体当りを敢行、見事一機撃墜致しました。思はずあの指揮所から万歳を絶叫しました。司令退任前、是非一度お見せしたかったと語り合って居ります。
その後は、三十機の新「レコード」でやって来ますが、こちらのHA射撃精度向上に連れ、敵の高度も次第に高くなり、被害も次第に少くなって居ります。気候も次第に良くなり、一般の健康状態も良好となり、士気大いに揚って居ります。
殊に、最近次々と挙る神風特別攻撃隊の体当りの戦果に感奮し、全員肉迫挺身の意気に燃えて居ります。
お蔭様を以て十一月一日、大尉に進級致しましたから何卒御安心下さい。
   (中  略)
先夜は又、第二照射空隊が見事照射捕捉して司令官より色紙を賜る等、各部共次第に技量の向上を認められ、之(これ)全く和智司令の御教訓を旨とし精進したる賜物と、只々感謝致して居ります。
北○○島にも近くMG増勢の予定にて、最早(もはや)出発準備完了致して居ります。
先づは近況御報告迄で。

十一月三日

                                               睫鈑仍囲

和智大佐殿

机下

(原文のまま)

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