遺書
  • 陸軍少尉 南 正夫命
    昭和十八年三月三日
    ニューギニア島ラエ東北方
    約四五哩海上にて戦死
    大阪府北河内郡星田村出身
    二十四歳

大東亜戦争今ヤ酣(たけなわ)ナリ。我モ亦、帝国軍人トシテ壮途ニ上ル。
固(もと)ヨリ生還ヲ期セズ。サレバ予メ此処(ここ)ニ遺書ヲ記シ、以テ謹ミテ南家御一同ニ示サントス。
我生ヲ禀(う)ケテ、ココニ二十有三年。其間南家ノ長男トシテ祖父母、父母様方ノ此(この)上(うえ)ナキ御慈(いつく)シミヲ受ケ、誠ニ浮世ノ苦難ヲ知ラヌ、多幸ナル生涯ヲ送リ得タリ。コレ偏(ひと)ヘニ、我ガ祖先就中(なかんずく)、祖父母様父母上ノ山ヨリモ高ク、海ヨリモ深キ御恩ナリト厚ク御礼申上候。
然ルニ我、此処ニ死ス無窮(むきゅう)ノ恩ニ報イルニ夭折(ようせつ)ヲ以テスルハ、深ク我ノ遺憾トスル所ナリ。
サレド我ハ今、天皇陛下ノ御楯トシテ皇国ニ殉ジタルナリ。
然モ忠孝一本ハ我国道義ノ精粋(せいすい)ナレバ、皇国ニ殉ズルヲコソ親ニハ孝ナレト謂ハン。我ハ心身一切ノ力ヲ尽クシ、従容(しょうよう)トシテ悠久ノ大義ニ生キタルナリ。
幾(こいねがわ)クハ此ヲ以テ、我ノ親ニ対スル最大ノ孝ナリト思召(おぼしめし)下サレヨ。
我ガ死ヲ聞カバ、孫ヨ倅(せがれ)ヨ良クヤッタリト御褒メ下サレ度候。(中 略)
 大日本帝国万歳  南家万歳


    辞  世

花ト咲キ 花ト散ル身ノ 我ナレハ
      カネテコノ日ヲ 待詫ヒシナリ

頓首
昭和十七年一月七日                 正 夫

南家
御一同様

(原文のまま)

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