更級横多神社 社頭に於いての出征挨拶
  • 陸軍大尉 望月重信命
    昭和十九年五月二十二日
    フィリピンにて戦死
    長野県更級郡篠ノ井町出身
    三十五歳

本朝はかくも早々皆様の熱誠なる御歓送をいただきまして、まことに感謝に堪へません。
私は皆様の御心に報ゆべく、必ず全力を尽して御奉公を致す覚悟であります。
今やこの非常時は、今までの戦争の様に、単に世界の地図が塗り変へられるといふ丈(だけ)のものではありません。世界人類の歴史の上に、数百年の大きな時代を画(かく)して、人類の人生観が、国家観が、世界観が、政治の上にも、教育の上にも、経済の上にも、芸術の上にも、宗教の上にも、その他一切に大ひなる飛躍をなさむとしてゐるのであります。新らたなる世界が、我が皇国日本を母体として生れむとしてゐるのであります。
(中略)
戦死すると云ふ事は、人生本来の約束から観れば、それ程驚く可き事でも、またさして悲しむべき事でもありません。増してや、天皇の御為にこの一命を捧げます事は、日本男子の本懐であります。吾等は只、この生れては死に、死んでは生れてゆく悠久なる人生の連鎖に於て、如何にして永遠の生き甲斐に生き、さうして不滅の死に甲斐に死ぬかと言ふ事であります。
(中略)
私は本日、大命を拝して勇んで戦線にのぞみます。もとより生還は期して居りません。
然し、私達をして死に甲斐あらしむるか否かは、あとに残られた皆様の責任であります。今後まだまだ大なる、それこそ非常なる艱難(かんなん)が国家の上に、皆様の上に、必ず振りかゝって来るでありませう。その時になって、どの様な苦しい事があっても、皆様は決してへこたれたり、悲鳴をあげるやうな事があってはなりません。どうかこの事をこの社前におきまして、くれぐれもお願ひ致しまして出発のご挨拶と致します。終りにのぞみまして、村内皆様の御健康を祈ります。
                                                     終り
    昭和十四年五月一日                         

(原文のまま)

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