直(すなお)なる道を歩め
  • 陸軍衛生兵長  中元 飜
    昭和二十年七月五日
    比島ミンダナオ島ブキドノン州
    マナゴック東北方にて戦死
    兵庫県神戸市葺合区北本町通出身
    三十二歳

大日本帝国に生を享(う)けし者、誰か国に報ゆるの心なかるべき。
此の度、栄(は)えある御召(おめし)により皇軍の一員に参加す。男子の本懐なり。生還期し難し。
茲(ここ)に書を認(したた)め、遺書とす。
余が妻、余が子として直なる道を歩めと教ふるのみ。
人間は、万物の霊長なり。
何時如何なる時も、人の道を正しく進め。
富貴(ふうき)も名誉も余の望みに非ず。只々人間らしくと望むのみ。
羶(きよゆき)よ。如何なる方面に志すと云へど、其の本分を全うせよ。
子としての務めを果せ。先づ健康なり。
じつゑよ。汝は子の母で有り、親の子也。
十二分、子の素質を伸ばすと共に、子としての務めを尽せよと願ふのみ。         
                                         終り

  昭和十九年四月二十九日

                                    中元 罅―
罅/福‥臓
じつゑ 殿                              

(原文のまま)

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