吾々(われわれ)の神聖さがあります
  • 海軍少佐
    矢野徹郎命
    昭和十九年十二月七日
    比島方面にて戦死
    愛媛県越智郡津倉村出身
    二十五歳

お便り有難う。お元気何よりです。愚生相変らずにて大空を翔けて居ります。
早いものです。一年余の歳月が流れました。
大祭も近づく頃!肌寒い風の吹く頃は、常に駅伝のことを思ひます。
日一日と風がつめたくなるに従って、練習も苦しくなって行った。
山田は実に懐かしい土地です。一木一草、思出でないものはありません。
宮川、御幸みち、塚山の下宿生活、山寮の思出、古市時代、親しき友。
友の姿を偲びつつ、弛みがちなる心を引締めてゆく。大空を翔ける心、既に何人かの屍をのり越へて来た。
日々の訓練は生命がけであります。訓練が生命がけであるだけに、戦友との結びは兄弟以上のものがあります。学生時代の様な子供の遊びの域を脱し、最早(もはや)大人の時代へ遷(うつ)らせます。
吾々の生活…飛行機に乗ったとき、全てを忘れることです。ここに他と異なる吾々の神聖さがあります。
今日は雨で飛行場のエンドがかすんでみえる。はるかに石の鳥居が寂(じゃく)として立ってゐる。
昨日迄立ってゐた幟もとりはらわれた。秋祭りも終った。

    秋祭り 幟はためき 虚空(こくう)高し  

秋の空!なんと大きな心。大空に向って深い呼吸をしてごらん。
身も心も清々しく、己の心も大空の様な偉大さをわきたたせる。
急上昇するとき、淡雲がぐくっと顔前にせまる。
操縦桿を右にとる。大きな円を画いて吾が飛行機はもとの姿勢にかへる。
なんとすばらしい生活ではありませんか。                                   
     「醜の御楯(しこのみたて)」

   吾も亦 この鎮宮に 祀れん日もあらんかと 宮造りしみじみ拝す

   五尺の身 ありとあらゆる 力もて 尽しまつらん 醜の御楯は    

(原文のまま)

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