笑って護国の花と散ります
  • 陸軍上等兵 盪垣下〔
    昭和十七年三月七日
    ビルマ国ペグーにて戦死
    香川県小豆郡四海村出身  
    二十四歳

母上様。長らく御世話に成りました。
此の二十一年間、何一つ喜ばし、又、安心させた事もなく、只御心配ばかり掛けまして誠に申訳御座居ませんが、日本男子と生れて国防の第一線に立ち、男として一花咲かせます。東洋永遠平和の為、散らして行きます。此れ日本男子の本懐で有ります。
すでに母上様も入営当初より御覚悟は出来て居る事と思ひますれば、私も何一つ思ひ残す事なく、笑って護国の花と散ります。
なほ、もし私の骨が帰ったなれば只一言、よく死んで呉れた。あっぱれと褒めて下されば、なほ嬉しく思ひます。
私の石碑は、ほんの印(しるし)だけで結構です。故、残金は全部国防献金して下さい
(中略)
茂君も丈夫で、立派な帝国海軍軍人と成って、海に活躍せられん事を祈る。
孝江も真面目に働いて良き夫に付き、幸福に暮らされん事を草葉の陰より祈る。
又、兄上様一同に色々と心配を掛けた晴も、だうやら一人前の日本男子と成った様です。
私も此れに越したる喜びは有りません。
だうか母上様をよろしく御頼み致します。 (後略)

                                             晴 次
母兄弟妹様

(原文のまま)

閉じる