遺書
  • 陸軍兵長 小寺 正雄 命 
    昭和二十年七月十五日
    フィリピン レイテ島にて戦死
    兵庫県姫路市十二所前町出身 三十四歳

貞子殿
                                                    正雄
再び召されて戦野に征く。
日本の女子と生まれ来て此の昿古(こうこ)の大戦に遭ひ、その夫が勇躍(ゆうやく)國難に馳せ参ずるについては、御身の決心も自ずからついてゐた事と思って居る。温室に育って社会の辛苦も未だ味はへる事少なき御身には、様々の難路も横たはって居るやも知れぬ。唯願ふは正彦の為に強く正しく生き抜いて呉れん事のみ。
尚、御身には頑固に見える父であるが、僕にとっては唯一の親、宜しく頼む。

正彦へ
                                                 父 正雄
未だ西も東も判らぬ乳児なるも、やがては国難に逝きし父の心事も解る時が来ると思ふ。
幸、不幸は心の持ち方如何に依る。唯願ふは将来国家有為の人材とならん事。父は編△竜楜錣茲蠧鬚成長を見守って居る。
母を大切にせよ。

昭和十九年四月三十日

(原文のまま)

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