遺言
  • 陸軍少尉 戸倉 勝人 命 
    昭和二十四年十月二十三日
    ソ連ハバロフスクにて戦病死
    山口県下関市豊浦出身 
    四十五歳

 皇國の御為この身を捧ぐること、予てよりの願望なるも召されて軍人として戦陣に死所を得るは、本懐これに過ぎたるものなし。

 母上
今よりは靖国の杜に参り候。
御健勝祈り上候、生前の御恩今こそ御礼申し上候。

 緑子 勝禮 純子へ
父は皇國の為、戦争に征く。汝等は母様や祖母様の訓へを守って強い立派な日本人となり、御國の為に尽しなさい。
父は何時でもお前達の成長を見て居ります。

 春子へ
母上によく仕へ子供達を私の気持ちのやうに伸び伸びと育てて貰ひたい。

(中略)

その後、困難なことがある場合は、何事によらず勝馬に相談すること。
                                                    以上
 昭和十八年八月十三日
                       
                                                  勝人 誌

(原文のまま)

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