思ひ出の日
  • 陸軍曹長 川本 重俊 命
    昭和二十年三月八日 
    ビルマ、チャウピュー県カンゴー付近にて戦死
    兵庫県武庫郡御影町出身 
    二十八歳

御無沙汰致しました。相変はらず御両親始め皆元気の事と思つてゐますが、随分寒さもきつい事でせう。俊征も寒さに負けず大きくなつてゐますか。
こちらは相変はらずの暑さで、皆は特にむしむししてゐて一日中汗が滲んで、毎日洗濯と水浴に追はれている様です。然し皆元気で頑張つてゐるから安心して下さい。
こちらで正月元旦に写した写真が出来上がつたので、郵便で今日送りますが、この葉書よりは大分遅れる事でせう。一枚は松の代はりに椰子(やし)の葉で飾つた門松を背景に日章旗(にっしょうき)を中に立てて、隊長殿、森川大尉殿を中心にして。別の一枚は、裸で餅つきの風景を撮つたのですが、残念ながら臼(うす)が下にきれて見えなくなりました。後ろに写つてゐるマンゴの樹が、今を盛りと香りを放つてゐます。来月あたりには、実が熟して来て兵隊を喜ばせる事でせう。
(中略)
俊征も近く満一年、可愛い姿を偲んでゐます。昨年の今日の寒さを思ふにつけても皆さんの健康を案じてゐます。呉々も御自愛、俊征の養育にも充分注意して間違ひの無い様。

三月七日 思ひ出の日

(原文のまま)

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